【アニメ放送開始】「星屑テレパス」多大なリスペクトを集める原作4コマ漫画を彩る、優れた技巧あるいは技術を説明する

まんがタイムきららにて連載されている4コマ漫画、星屑テレパス(作者:大熊らすこ先生)のアニメが10月9日に放映開始されることを知っていますか?知らなかった人も知ってる人もこの機会を逃さずcheckしましょう。

この星屑テレパスがアニメ化に至った要因として、4コマ漫画としての出来が傑出していたことは外せないでしょう。一読者としては完全無欠と言っても過言ではない4コマ漫画だと思っています。そして星屑テレパスの原作4コマは読者のみならず同業者からもリスペクトを集めています(中でも猫にゃん先生は星屑テレパスに影響を受けていることを度々公言しています。唐突な宣伝ですが猫にゃん先生の作品に関してブログ記事を書いたこともあるので興味のある方はご覧ください→『ニチアサ以外はやってます!』2巻に用いられた技法について記す - シ立き虫な‡″ャングス夕ー)。

今回はこの記事で星屑テレパス原作4コマの読み応えを確かなものにする様々な種類の技巧あるいは技術を取り上げていき、アニメ化をきっかけに作品を知った原作漫画未読の人に「この4コマ漫画はなんか凄いらしい」と興味を持ってもらったり、既読者の「4コマ漫画には詳しくないけど一読して凄いことは漠然と分かる」状態から一歩先に理解を進めていけるようにしたりすることを目指していきます。

なおこのブログ記事はコマを引用し、それについて説明を加えていくスタイルでやっています。原作未読の人で4コマ漫画の一部であっても掻い摘んで見ることに抵抗のある人は、先に原作コミックを読み終えてからこのブログ記事を読むようにお願いします。

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『星屑テレパス』1巻P59 4-8コマ

雷門瞬(『らいもんまたたき』と読みます)の登場シーンです。電話越しの父親に怒鳴る、勝手に工具箱を持っていく父親がいること、ぶち抜きで全身の服装を描くこと、これら全てが雷門瞬という人物の説明になっています。読者に掴んでもらいたい情報をいっぺんに無駄なく盛り込んでいます。

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『星屑テレパス』1巻P64 7-8コマ

この話を締めるコマで『また』でライミングをし、ラストカットを印象付けてきます。ここはアニメ化の際に声が付くことで、より印象付ける効果が強力に発揮されることになるでしょう。

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『星屑テレパス』2巻 P105 7-8コマ

決心した顔つきを見切れるように描き、その次のコマで走り出している…という流れです。どちらも左の枠の外へ向かっていくように描くことで読者の目の前から去るように見せています。また7コマ目の表情に意味を持たせたからこそ、この場から走り去ることが明確に伝わります。どのようなカットを並べるとキャラクターの動きが伝わるのかを非常に高い水準で把握して描いていることが分かります。星屑テレパスを読んだ時に映像的な4コマ漫画だと感じられる理由はこの技術が卓越していることが原因とも言えるでしょう。

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『星屑テレパス』3巻 P45左列

読者が読む時は同ページの右列に存在する4コマが頭に残っており、この左列は4つに仕切られた枠線がないにも関わらず、変則コマ割りを用いた4コマとして読むことができます。1コマ目として小ノ星海果を押す明内ユウと宝木遥乃が映りますが、2人の押す手の先にいる海果を目で追うように促されます。2コマ目は「とんっ」と押される海果の身体を続けて目で追うよう誘導されます。そうして3コマ目にかかる海果の足先に目を移すとユウと遥乃を隔てる中央のラインへと明確に意識が向くようになり、3コマ目がユウ、4コマ目が遥乃というようにひとつのコマが2つに分割されている状態になっていることが掴めてきます。勿論最後のコマに該当するのは一番下の海果です。絵を広々と描くメリットを享受するために通常のコマ枠を無くしつつも、同時に視線誘導の技術を効果的に用いて4コマとして成立させる離れ技がここに顕現していると言えます。4コマを構成する要素を徹底的に分解しなければ到達し得ない表現形態に他ならず、こうしたものを目の当たりにすると脱帽せざるを得ません。

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『星屑テレパス』3巻 P87 7-8コマ

7コマ目を左にズラすことで明内ユウから海果へ視線が送られていることを読者が読んでいった際に自然と実感できるようにしています。と同時に吹き出しを横へ流れるように配置できるようになり、通常の形式の4コマ漫画よりも空間を広く使っているように見せることを可能にしています。

…私からはこれまでにしておきましょう。ここまで読んでくれた全ての人に感謝しています。この記事を読んで星屑テレパスの原作4コマ漫画の技術的な凄さの一端でも分かっていただければ満足です。

最後に今回の記事を読んで「星屑テレパス」の原作4コマ漫画に興味を持った方と「星屑テレパス」の凄さに改めて気づいた方に伝えたいことがあります。4巻が9月27日に発売されますのでcheckの程よろしくお願いします。そしてこの先放映されるアニメを格別に楽しんでいきましょう。

 

 

 

『ニチアサ以外はやってます!』2巻に用いられた技法について記す

今日(3月27日)『ニチアサ以外はやってます!』の完結巻となる2巻が発売されました。

『ニチ以』はわずか2巻で終わってしまうのが心底惜しまれる程に、テクニカルな4コマ漫画です。それは前回の記事(https://t.co/r9AcOPuSr3)でも触れた時も同様に技巧的でした。今回の記事も『ニチ以』の2巻にて作者である猫にゃん先生が用いた技術に焦点を当てつつ、何を狙ったものかを探っていきます。

 

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「ニチアサ以外はやってます!」2巻36ページ、37ページより

宙に浮いた帽子を取る動作とバスケットボールのレイアップを掛けており、この少女(海城あかね)は憧れに手を伸ばす人、もしくは困っている人に手を差し伸べる人であることを印象付けます。このように同じ回で類似の構図を反復し、印象付ける手法は#15、最終話などでも見て取ることが出来ます(他にもあるかどうかぜひ探してみてください)。

 

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「ニチアサ以外はやってます!」2巻49ページより

扉を隔ててお互いに言葉を投げていますが、2コマに分けて2人のセリフもそれぞれ別のコマに配置させ、2人の間がコマ枠と扉に阻まれているように見せることにより、互いの気持ちが通じていないことを印象的に見せる効果を持たせています。

 

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「ニチアサ以外はやってます!」2巻99ページより

いろいろなものをコマ枠に見立ててきた『ニチ以』ですが、今回は高層オフィスビルをコマ枠に見立てています。巨大なヒーローをビル越しに4コマ+見切れた1コマに分割することで読者は4コマ漫画を読むように上から下に巨大なヒーローをゆっくりと眺めていくことになり、その姿の雄大さをじっくりと味わうことになります。『ニチ以』はコマ枠を用いて時間的な演出までも自在に操ります。

 

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「ニチアサ以外はやってます!」2巻102ページより

2〜3コマ目を真ん中に線が引かれているかのように白とグレー(黒)に分けることでコマの中央に意識を向けさせ、4コマ目の中央に置いたセリフへまっすぐ向かっての視線誘導を狙っています。4コマ目は単体で見ると本来であれば1つのコマを分割し右→セリフ→左の順に読ませるような配置になっているのですが、このように前のコマを用いて中央を意識させることによりアニメやゲームのカットインのように見せることに成功しています。

 

他に『ニチ以』2巻の技術的な箇所で触れておきたい所としては、今から10年前4コマ漫画雑誌に連載が始まり、数々の先進的な表現を編み出していった、いわば『ニチ以』の先達とも言える『たらちねパラドクス』(塀先生)の手法を用い、オマージュを捧げている箇所でしょう。猫にゃん先生も『たらちねパラドクス』を教科書としていることを塀先生とのTwitterスペースでの対談にて公言しており、『たらちねパラドクス』未読の方には『ニチ以』のどの辺にオマージュが含まれているのか探しつつ読んでみることをお勧めしたいです。この作品を教科書とするならば『ニチ以』が技術を駆使した作品に仕上がっている事にも自然と合点が行くと思います。

 

技術に関する話はここまでとします(読んで下さったことに感謝します)。

私見にはなりますが、『ニチ以』の軌跡を振り返ってみると、フォーマットとして4コマ漫画を選んだのも、読者を唸らせるスキルフルな作品を描いたことも、作中で『グレーゾーン』(4224先生作。『ニチ以』1巻の#12は『グレーゾーン』を下敷きに描かれた傑作エピソードです)や塀先生へのオマージュを捧げたのも、元ネタを知らない人にいつ仕込んだかを悟らせないような特撮作品のネタ捌きも、全て猫にゃん先生自身が「好き」な気持ちに忠実だったことの表れのように思いました。だからこそ私は『ニチ以』に「4コマ好きが描いた4コマ」として、ただならぬ好意を持って受け止めることができたのだと思います。それはきっと私だけでなく、『ニチ以』が刺さった読み手の中からその精神性を受け継ぐ作品を描く人すら生み出してしまう程に強烈な熱を持ちうる「好き」だったのではないかと見ています。

最後に素晴らしい作品を描いて下さった猫にゃん先生に向けて最大級の感謝を述べて終わりたいと思います。この2年間、『ニチ以』を描いて下さってありがとうございました。とても刺激的でした。

 

 

 

「ニチアサ以外はやってます!」の刮目すべき変則コマ割りについての諸々

皆さんは本日(2022年3月25日)発売されたばかりの4コマ漫画、『ニチアサ以外はやってます!』を既に入手しました??気鋭の4コマ漫画家、猫にゃん先生が生み出した珠玉の一冊です。

「まだ読んだことない」って人はニコニコ漫画で途中まで試し読みできるので見てみて、全てを理解した人は今すぐ書店に走りましょう。時間がなさすぎる人は公開されている今のうちに12話だけでも見てってください。明らかに凄いものを目の当たりにして震え上がりましょう。

ニチアサ以外はやってます! / 猫にゃん おすすめ無料漫画 - ニコニコ漫画

この4コマ漫画は一言で言うと特撮作品を作る部活動の話をしています。ですが、私は特撮に明るくありません。そもそも第一のターゲットである特撮ファンがこの作品を存分に楽しみつつもなぜか時折怪訝そうな目を向けている理由なども知らないままです。

じゃあなぜ特撮の知識が十分に備わっていない私が何故こうしてブログを書く程までにこの4コマ漫画に引き寄せられているのか、ということなんですよ。それはこの作品に(実に短い期間で何度も形を歪めては研いでを繰り返してきた)4コマフリークとしての感性を刺激されてやまないからに他なりません。

今回は『ニチアサ以外はやってます!』の変則コマ割りについて取り上げて、どういう仕組みがあるのかなどを探っていきます。

 

f:id:LadyXLadyPump:20220325122720j:imagef:id:LadyXLadyPump:20220325122726j:image「ニチアサ以外はやってます!」1巻11〜12ページより

11ページの4コマから12ページの1コマまでを引用しました。11ページの4コマ目を分割して動作を切り分けるように描き、(次へと繋がる12ページの1コマ目と同じように)それぞれコマ枠に手をやることで動作が繋がってるように見せ、ドアを開けて広がる光景を読者により印象付けて味わわせています。これは物理書籍の1巻だと分かりやすいですが、次のページをめくる時の読者の動きキャラクターのドアを開ける時の動きを連動させています。猫にゃん先生は全くのルーキーであるにも関わらず、ゲスト1話の時点で単行本になった際に最も映えるギミックを仕込んでいることに気付いた時には驚愕したものです。

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「ニチアサ以外はやってます!」1巻35ページより

スマートフォンを小さな1コマ目と2コマ目に分割して描くことでスマートフォンの画面を上から下へ眺めていく時間の流れがあるように見せています。後述することとも併せて、『ニチ以』は時間を操る術に長けていることが窺えるシーンです。

f:id:LadyXLadyPump:20220325124209j:image「ニチアサ以外はやってます!」1巻62ページより

フィルムをコマ枠に見立てています。『ニチ以』はコマ枠への意識が強い作品であることはこれ以外のコマでも無数に示されています。このコマにおいて特筆すべき点は、「太い黒枠内に書かれた内容は過去の回想を示す」という漫画の描き手読み手双方に通じる共通認識と、フィルム内が不鮮明になっていることの両方が備わっていることから、フィルムの内容が過去の回想であることが伝わるようになっている点です。フィルムという物体の特性に加え、黒というカラーにまで意味が通っていることになります。

f:id:LadyXLadyPump:20220325125043j:image「ニチアサ以外はやってます!」1巻98ページより

1コマ目と2コマ目で貼り紙が貼られたドアの位置が異なること、3コマ目と4コマ目にドアが2分割されていること、3コマ目のドアを閉じた「バタン」の音と4コマ目で座り込んでいる女性(芹沢猪里)の姿から、ほぼ同じ地点から見える出来事を描いていることが自ずと分かってきます。

セリフなどを考慮せず絵だけを見た場合は3コマ目と4コマ目が同一の時間にあり、それを単純に2分割しているように見えるはずなのですが、4分割でそれぞれ違う状況を見せる4コマ漫画の性質を織り込みつつ擬音やセリフを配置したことで絵的には繋がっているはずの3コマから4コマの間にも時間が流れているように見えます。つまるところ何が言いたいのかと言うと、こうしたテクニックは『ニチ以』12話、ページ数で言うところの102ページ(敢えてこの画像は引用しません、理由は12話を目撃した人ならば言わなくても知れることです)に存在する、一つの絵から異なる時間が流れているように読ませる技法を構成する要素のひとつとしても存在しているということです。

f:id:LadyXLadyPump:20220325143236j:image「ニチアサ以外はやってます!」1巻113ページより

コマ枠がどこにあるか注目しながら見て欲しいのですが、時間の経過状態をコマ枠での表現に委ねるやり方が実に巧みであり、濃密でムーディなシーンを演出しています。またコマ枠で時間の経過を意識させつつも、3コマ目の「…なぁあかね君」の吹き出しをコマ枠から下方向へはみ出たせることで4コマ目への連続性を持たせています。こうしたバランスの取り方を猫にゃん先生はさも当然であるかのように慣れた手つきでこなすのですが、こういうところを機能させ切れず伸び悩む4コマ漫画も案外多いように思っているので、細かい所かも知れませんが上手いと感心してしまいます。

…私からはこの辺にしておきましょう。他にも『ニチ以』の凄いコマに関して言えば、見ようとして探せば見つかるものなので、皆さんも手元に1巻を用意しつつじっくり見て、「4コマ漫画はここまでできるものなんだ」としみじみ戦慄してください。ゆくゆくはこの4コマ漫画に範を取った漫画家が4コマの表現をさらに発展させ、広げてゆく所を心の底から見たい…なんてことを思わずにはいられません。

 

 

怪奇言語だ!!!さよなら幽霊ちゃんピックアップ集

皆さん!!!sugar.先生の迸る才気がバッチバチに凝縮されている「さよなら幽霊ちゃん」1巻を手にできましたか????????????????

(まだこの漫画を読んだことない人はここで一旦ストップ、今月1番の幸せになるチャンスだから「さよなら幽霊ちゃん」をゲトってからこの記事の続き読んでね)

 

さてさて。もう読みましたか?

「さよなら幽霊ちゃん」は4話で強烈な引きの強さを見せつけた事でTwitter上の読者からの注目が集まって、それ以降ずっと人気を集めている漫画なんですよ。「さよなら幽霊ちゃん」は作風と絵柄の組み合わせがこれしか考えられないという程マッチしていたりする事や、後で活用される布石の打ち方など、読者が「あっ、コレいい!!」と思うような部分が沢山ある作品ですが、それらについて網羅的な解説をするのは私が適任ではありません。

今回は「さよなら幽霊ちゃん」のれっきとした魅力の一つである、怪奇的言語表現のピックアップをします。

漫画って絵と言葉でできているので、漫画は「絵が綺麗」と評判になるのと同じように「言葉が好み/凄い」と評判になってもいいと思うんですよね。

今回の記事は、読んでくれた人が「さよなら幽霊ちゃんの言葉はれっきとしたメインディッシュでおいしい。ガッツリ平らげちゃいます」となってくれたら嬉しいな〜などと思いながら仕上げました。「さよなら幽霊ちゃん」の魅力的かつどこか面妖な言葉達に視線を合わせてみてください。

それではいってみましょう。

 

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てかそもそも何なのよ小テストって テストをコマ切れに小さくして与えようってトコにSっ気を感じるわ

(さよなら幽霊ちゃん1巻 P14より)


テストを子どもに野菜食わせるみたいに言ってる。

なお大人が野菜を細切れにし肉料理に混ぜて作ってる時の気持ちはSっ気ではない。

(これに限らずな話ではあるので恐縮ですが)なんというか珍妙な頭に残る言葉は、言ってる内容を受け手がイメージしようとして頭の中に像を結んだ時に初めて「ヤバイ」となるタイプと、むしろそんな事しなくてもテキストにしたままの状態で一番オイシイタイプの2つに大別できると考えてまして、テストをコマ切れに小さくするのは後者寄り(頭の中で像を結ぶ事はできるものの、その前のテキストの時点で既に旬があるので)だと思うのです。そしてわずか1話のうちにこれを繰り出してきたのを見て、言葉、とりわけテキストとしての強さの光る作品だなぁと認識させられたのでした。

 

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明日できる事は明日やり 現世でできない事は来世やる

(さよなら幽霊ちゃん1巻 P30より)

 

奇しくも神戸出身のラッパー、神門が10年前に残したパンチライン

「今日できなくって明日やれるか

現世でできなく来世やれるか」

(https://youtu.be/pEpPVVFEPQ8より)

を彷彿とさせる字面でありながらも、その意味内容はこの二つで完全にガップリ対立しています。それもそのはずで、この歌詞が収録された曲の名前は「なら、こう生きよう」。ゆうは幽霊なので、「なら、こう生きよう」における神門の主張と決して相容れることがないんですね。

 

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急に回想に入るのは譲り百歩ですけど何ですかその魔改造昔話

(さよなら幽霊ちゃん1巻 P92より)

 

譲り百歩、なんだこれは。慣用句を構成する「譲る」を名詞化させ、倒置を仕込んで誕生させた、楽しいリズムを持っている造語ですね。イントネーションは「いぶりがっこ」と同じでしょう。文字列をルービックキューブのように組み替えてグルーヴィーな単語を新たに産み出しているので、言葉を音として捉える感覚を鋭く持ってるんだな〜となります。もしかすると、sugar.先生に作詞をトライさせてみるとイイ感じのものが出来上がるやもしれませんね。

恩返しに何するつもりなんすか

(さよなら幽霊ちゃん1巻 P92より)

こちらも良い。鶴の恩返し(固有名詞)が恩返し(名詞)にまで分解され、手近にあるものっぽく「(ウチらの馴染みの)恩返しを一体どうするつもりだ」といった具合になっており、謎の距離の近さが乗っています。新たなニュアンスを付与させるために既存の言葉を削り取るのは、(私などがTwitterでダメ押しとばかりにやりがちな)ゴテゴテに修飾する語を付け足すアプローチと真逆なのが全くもってニクい。

 

ここまででピックアップ終了です。他にも「さよなら幽霊ちゃん」にはまだまだ怪しげな言葉達がこの時期のサツマイモみたく沢山埋まっているのでこの先は各位スコップ持参の上ゴッソリ掘り起こしてみましょう。

色々こういう事かな〜って内容を書いてきたのですが、忘れないで欲しいのは言葉の受け止め方は人それぞれな事です、のでこれ以外の理解をした人はその理解も大切に持ってて欲しいと思います。

あと今回の記事は「さよなら幽霊ちゃん」の言葉目がけて思いっきり前のめりで書いたのですが、先述した通りこの作品が言葉だけに留まらない魅力を持っている事は誰の目にも明白だと思います。まだ単行本1巻が発売されたばかりなので、「さよなら幽霊ちゃん」についていろんな角度のついた感想を読んでみたいですね。

それでは最後までお付き合いありがとうございました。

 

 

はなまるスキップという「今」っぽい作品が見違えた瞬間

「はなまるスキップ」という、現在まんがタイムきららに連載されている4コマ漫画作品があります。特徴としては時事ネタやメタを積極的に取り入れたギャグ漫画で、パッと読んでいくとまさしく「今」の時代に連載されている作品だという印象を抱くと思います。(未読の方はニコニコ漫画で試し読みできますので、この記事を読む前に試し読みをした後、単行本1巻を入手して頂けたら嬉しいです。)

はなまるスキップ / みくるん おすすめ無料漫画 - ニコニコ漫画

 

しかしこの漫画には奥行きが潜んでいる事を読者たちが気付き始める事件が起きました。

あれは確か今年5月末頃から6月上旬頃にかけてでしょうか。「はなまるスキップ」について語るブログ記事の大群が期を見計らったかのように一斉にインターネットに解き放たれ、その事に呼応するかのように読者たちの「はなまるスキップ」への理解度と熱量が跳ね上がっていったのは。

それらの記事全てをスマートに紹介する事はブログ初心者の私には大変厳しいので、ここでは一つの記事だけ紹介させていただきます。あの時はこの記事が口火になったのだと思います。(素晴らしい記事なので未見の方はぜひご一読ください。)

漫画紹介「はなまるスキップ」~キュートな悪童共は今日もぽかぽか暮らす〜|ペッタ~|note

当時の私は毎日のように投下される「はなまるスキップ」を取り扱ったブログ記事の内容の濃さや、筆者達の熱量や筆力の強さに感服しつつも、「はなまるスキップ」がギャグ一辺倒で終わる作品でない事を真に理解させられたコマはどこだったかを思い返していました。

そこで、今回は自分にとって「はなまるスキップ」に多面的な作品性が存在する事を、ある種の痛快さを伴って受け入れることができたコマが一体どこであったか、そしてそれを経てからどのような作品の見方を手に入れたかについて雑然と話したいと思います。

このコマで作品の見え方が変わりました。シェフ子の特徴を明確に話のヤマとして浮かび上がらせた瞬間の事です。f:id:LadyXLadyPump:20210817201110j:imageはなまるスキップ1巻108ページより

シェフ子はSNS(イソスタ)に自作料理の写真を投稿する、インフルエンサーです。

「はなまるスキップ」はこの料理上手なインフルエンサーが陥る心理をとても巧みに描いています。

シェフ子の料理はSNSで評価されていますが、それは見た目やレシピが中心の話です。料理を作る意義の一つである、自分が作った料理を食べて、喜んでくれる大切な存在が居ませんでした。

得意な料理ですらもSNSでの繋がりしか持てなかったシェフ子の心の中に、SNSでは満たされることのない部分が避け難く生じる事が分かります。

そうしたシェフ子の作った料理を食べ、味を褒めた星見はるは、シェフ子にとってのアイデンティティである、料理の全てを認めてくれる存在として、シェフ子に受け入れられるようになりました。

シェフ子にとっては側にSNSがあるのが基本でありますが、それだけでは満ち足りない部分を満たしてくれる人こそ特別な存在だとシェフ子は信じて疑いません。そしてその人達がいる場所を特別な居場所だと受け入れています。極めて現代的な価値に即した生き方をしていると言えるでしょう。

シェフ子のように個人を構成する価値観を十分に忍ばせたキャラクターから、構える事なくドラマを繰り出す事ができるのは、「はなまるスキップ」の紛れもない美点です。f:id:LadyXLadyPump:20210817201242j:imageはなまるスキップ1巻13ページより

そして最後になりますが、「はなまるスキップ」を読んで感じ取る事のできる時代性とは、時事ネタを豪胆に仕掛ける作風よりも、むしろこういったキャラクター造形の部分に凝縮されている事を申し上げておきたいと思います。